カテゴリー
小説

吾輩は猫であるから学んだ海の効能

あなたは生涯かたわらに置いておきたい小説は何ですか?と聞かれたら、何と答えますか。

海の魚のくだりより学んだこと

新潮の文庫版の258ページあたりから、学びを得られるのです。ただし僕が持っている文庫本は平成16年のものなので、もしかするとページは少しずれてしまうかもしれません。

要するにこうです。

魚は海を泳いでいるから病気しない。

海は自然の効能である。

証拠に泳げど、泳げど、魚の死骸などプカプカ浮いていないではないか。

まあ、簡単に言うとこんな感じです。

そうか・・海は自然が与えてくれた最高の薬なんだなと・・・。

僕は勝手にそう思い込んだわけです。

実は海水が身体にいいといことは、大昔から言われていたことなのですね。

こちらの記事がとてもわかりやすいです

海水浴に行ったら、冬まで皮膚の調子が良い!

いつの頃だったか、自分自身、皮膚が弱いなぁと感じるようになりました。

あれは忘れもしない20代半ば過ぎのバリバリ働き盛りで怖いもの知らずで、猪突猛進で、一日15時間ぐらい平気で働いていたころのことです。

寝不足もあったのか、何かのアレルギーなのかは忘れてしまいましたが、顔とか胸、背中に湿疹みたいのが出来て、治らなかったのですね。

さすがに顔とかですと、掻いたことで眉毛も薄くなってしまって、こりゃマズイと皮膚科に行くことにしました。

皮膚科で処方されたのは、強い薬(ステロイド)でした。でもこのとき僕は医師の言いつけを破り、顔にも塗ってしまっていたのですね。

ある日、そのことを告白すると、医師は絶句していました。

顔にはつけてはいけない薬だったのですね。強すぎて・・。

それから医師から色々な写真を見せられて脅され、ひ~~となりながら帰宅したことを覚えています。

ウーロン茶のお風呂とか、色々試してステロイドを身体から抜くことを決意しました。

でも一度使い始めた薬が切れると、やはり各部署でぶり返して、けっこう悲惨でした。

ある夏の日

海水浴に行ったのです。

海水浴効果というか、海水効果にマジで驚いた!

海水浴は、2泊3日でしたので、海に入ったのは2回です。

たったこれだけの海水浴、しかも時間にしたら、合計で10時間ちょっとだったと思います。

日焼けもしました。強い日差しも浴びて、ヒリヒリもしたのですが、夏が終わるころにふとあることに気づきました。

あれ?背中も旨もスベスベだ!

そうなんです。

僕は海水浴をした後、急速にスベスベ肌に様変わりしたのです。

これには驚きました。

これが事実なのか、たまたまだったのか!?

ということで、今度はしばし時間が経過して、千葉県に引っ越してからのこと。

九十九里のキャンプ場で、バンガローを借りて、やはり2泊3日の海水浴に行きました。

冬から春にかけて皮膚の調子が悪くなるのですが、このときの海水浴の後も、あれれれれ!あっという間に皮膚状態がよくなり、なんとその年の冬も平穏無事のスベスベ肌で過ごすことが出来ました。

そんなこんなで脱ステロイドが完成

ええ、これで確信したのです。

海には、すごい効果がある!

海水には、すごい効果がある!

海水浴は、健康にいいぞ、こりゃ!

もし、皮膚疾患などで長年ステロイドとお付き合いの方は、一度騙された!と思って、夏に海水浴に行ってみてください。

紫外線をバシバシ浴びましょうということではなく、日焼け止めをしっかりと塗って、とにかく海に入っては休み、入っては休みを何回か繰り返し、午前中から行ったのであれば、6時間ぐらいで切り上げて、OKです。

本当に嘘のように、皮膚の調子が良くなると思います。

是非是非!!

カテゴリー
小説

夏目漱石の「吾輩は猫である」

最初に夏目漱石を知ったのは、高校生のときです。「三四郎」という作品を読みました。そのまま漱石フリークになったわけではなく、もっとずっと遅くに改めて三四郎を読んで、他の作品を読んでみたくなったという経緯です。

今持っている文庫本は、二冊目

大昔に一冊目の「吾輩は猫である」を買って読んだのですが、本の綴じ方が悪かったのか、僕の扱いが悪かったのか、ページがあちこち剥がれ落ちてしまったので、二冊目を買いました。

もう5回読みました。6回目に突入中です。

机に座って読書ではなく、寝転がりながらの読書が多い僕は、読んで眠くなると、そのまま寝てしまいます。

たいてい本は読み終わると、積み重ねて置いておくか、本棚に収めるのですが、「吾輩は猫である」だけは、もうボロボロになってきたのですが、それでも枕元に置いてあります。

すでに表紙は、ボロボロすぎてなくなりました。

きっと一生僕の枕元に置かれる本です。

どんな時に読むのか

漱石の本は、全部持っていますが、「吾輩は猫である」だけは、何回でも読みたくなるのです。

特に・・・気持ちが落ち込んだときとか、物事がうまく好転しないときに読みます。

理由は、単純に落ち込んだ気持ちを薄れさせてくれるからです。

読書って、リラクゼーション効果は抜群なのですが、基本的に、ある程度、心が平常心じゃないと「読もう!」という気持ちになれないのです。平常心で読んでこそのリラクゼーション効果ですので、ノリがイマイチのときには、読む本の選択を間違えると、えらいことになります。

一日の終わり、ベッドに就くと、手元が照らせるLEDの電灯を点けて、布団にもぐりながらの読書タイムが始まります。

時には2、3行読んだだけで、そのまま寝てしまうこともありますし、日曜日に昼寝とか夕寝した後などは、調子よく500ページ以上の小説も読破してしまうこともあります。

考え事が深い事案の場合や、何かとダメージを受けた場合には、心が求める小説がサスペンスであったり、ホラーであることはまずないです。

選択肢はただ一つ。

「吾輩は猫である」だけです。

個性豊かな登場人物

ご存じのように、「吾輩」というのは主人公の 苦沙弥先生の家に飼われることになった猫です。

隣近所の猫たちも登場し、彼らの猫関係も面白いのですが、なんといっても 苦沙弥先生を取り巻く登場人物がどこか落語を思わせ、言葉の掛け合いが非常に笑わせてくれます。

特に、 迷亭寒月東風 と言ったどちらかとうと 苦沙弥先生寄りの人たちが、家に集まって会話する様子が最高です。

中でも 迷亭は、ホラを吹いて相手を担ぐのが趣味の人で、お調子ものですが、憎めないキャラです。

特に印象深いのが、苦沙弥先生の奥さんに、万能グッズの説明をするときや、帽子の紹介をするとき、さらには、蕎麦をすする様子など、こんな人が友達だったらさぞ楽しいだろうなぁと思わせます。

寒月がバイオリンを買う話を延々とするくだりも非常に面白く、思わず吹いてしまう場面もあります。

日常生活の滑稽な出来事をただ書き綴っているだけではない

「吾輩は猫である」は、漱石の最初の作品です。僕は個人的に一番好きな作品ですが、たいていのランキングを見ると、その後書かれた、「こころ」とか「坊ちゃん」、「草枕」あたりに人気が集まっているようです。

(※まぁ、全部名作なのですけどね)

日常生活の滑稽な出来事を落語的に書き綴っているだけ、、ではなく、さらりと読める部分と、けっこう難解な言葉がたくさん登場しますので、その都度、小説の後ろに付属されている用語説明を見ないとわからないものもあります。

漢文や、イギリス文学などの素養もありながら、その知識が鼻にかかっているわけではなく、実にセンスよくユーモアたっぷりに書かれているため、なるほど庶民的だとうなづけるのです。国民的作家であり文豪と言われるのがよくわかります。

登場する主人公の苦沙弥先生は、英語の先生で、胃弱で少々苦しんでいる様子など、やはり漱石自身がモデルなんだろうなと思います。

ですから、漱石が生きていた時代の様子なんていうのも垣間見ることが出来るのです。

空想して、さらに楽しむ

明治の文豪、夏目漱石が生きた時代。僕たちは歴史の教科書から、明治・大正時代にどんなことがあったのかも知ることが出来ます。

でももっと興味があるのは、明治の人たちが生きたリアルな日常生活です。歴史に登場するのは、大きな事件や政治的なこと、制度の変革の様子、戦争やその後どうなったのかということです。

もちろんこれらの大きな出来事がすべての背景にはなっているのですが、生きている時代の中心人物は常に「自分」です。たくさんの人たちは、生きている今の時代の「自分」を取り巻く環境の変化を感じ取りつつ、普通に日常の生活を暮らしているわけです。

人生80年、90年、100年とは言っても、よほど数奇な星の下に生まれない限りは、ほとんどの人たちには、普通の出来事が続く毎日の中で、ちょっとしたプチ事件があったり、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいことがあるのです。

そう、明治の文豪と言われた漱石でさえも普通の人と同じような日常があったのです。

奥さんと2人の息子がいて(「吾輩は猫であるの中では3人の娘)、小説の中で描かれている日常が、漱石とリンクするほどに、微笑ましいですし、僕たち庶民に安心感を与えてくれます。

小説を読みながらその時代を空想することで、楽しみが何倍にも増えます。

そういう小説なのが「吾輩は猫である」なのです。

本が好きになるきっかけをくれた

決して大げさでもなんでもなく、事実、漱石の小説があったからこそ、僕は本が好きになりました。

読書が趣味ですと堂々と言えるようになったのも漱石のおかげです。

漱石から発展して、太宰治だとか、森鴎外、志賀直哉、三島由紀夫、川端康成、谷崎潤一郎、島崎藤村など、興味を持ち、それぞれの作家の作風を楽しみながら、読んできました。

きっとたくさんの人が、好きな作家、好きな本との運命的な出会いから、文学に目覚めるのでしょうね。

読書が好きになって、文章を書くことが好きになったわけですから、若干の武器となるようなスキルを与えたくれた恩人でもあります。

これからもずっと読み継がれる

夏目漱石が亡くなって104年です。それでも夏になれば新潮文庫の100冊とかで必ず登場する漱石の本。(こころや坊ちゃん)

本屋さんでいつまでも平積みされる本なんて、そうそうあるものではないでしょう。

いつか紙の本はなくなってしまうかもしれませんが、やはり本のページをひとつずつめくりながら読みたいものです。

カテゴリー
小説

村上春樹の小説との出会い

賛否両論がある村上春樹の小説。その独特の描写に出会った僕は、完全「賛」状態になったのです。

ねじまき鳥クロニクルというタイトルが目をひく

実はこのタイトル、発売されてからしばらくは、心の中にインプットされていて、どんな内容なのだろう?村上春樹ってどんな人だろう?という想像を膨らませるだけで、買うという決断になかなか至らなかったのです。

そして本来であれば、タイトルからある程度予想できるものが全くわからず、さらには・・・。

  • 第1部 泥棒かささぎ編
  • 第2部 予言する鳥編
  • 第3部 鳥刺し男編

これらのサブタイトルを読んでも余計に混乱するだけでした。

「気になる」「気になる」「気になる」まさか本を買うか買わないかで、ここまで悩むとは自分でも驚きで、もしかしたら触れたら最後、毒に侵され一巻の終わりかもぐらいの慎重な気持ちでした。

買ったら最後、やられた。

手に取ってページをめくることさえもギトギトのスライムに触れるが如くの感覚に占領されました。

意を決して手に取ったあとは一目散にレジに行き、何かに挑むように突き進んだだけです。そう・・・その日のうちに一巻を読破したのでした。

いやはや、まいった。本当に吸い込まれるというこのはこのことだ!と今度は2巻、3巻をまとめ買いして、呼吸するのも惜しいぐらいに読み漁ったのです。

なんでしょう。貪るように読んだというのがぴったりの表現かもしれません。

クレタとか、マルタとか、ナツメグ、シナモンという登場人物のネーミングもさることながら、一番僕がやられた感があったのが、描写です。

人物と情景の描写
これが村上ワールドなんだ

そう、そうなのです。村上春樹の小説は、読むものを魅了する独特の描写があるのです。絶対に思いつかないような比喩とか、本当にぶっ飛びます。

言葉にノックアウトされるということがあるのですね。

昔の偉い人とか、古から伝わる言葉には、それはそれは重いものがあり、四字熟語や故事成語、偉人の言葉は印象深く、忘れにくいものです。

でも村上春樹の小説で登場する表現や描写は、似たようなものがない、完全オリジナルの世界で、ほんの少しでも

「それ、言いえて妙だね」と軽々しく言えるものが1mmもないのです。

最初は文庫版、でもハードカバーを永久保存版として

いつしか僕は、村上春樹の小説の虜になっていました。文庫版で買ったものも わざわざハードカバーもそろえて、これは永久保存版なのだと大切にとってあります。

あなたは「ハルキスト」ですか?と聞かれたら、「ええ、生粋のハルキストであることは間違いありません」と答えるでしょう。

村上春樹に興味津々、そして生き方がかっこいい!

ラジオやってましたね。

何かの本を買ったときに、ブックカバーに広告があって、村上春樹のラジオのことでした。

もう、すかさずタイマーセットでしたね。

あまりメディアに登場するイメージではなかったので、ラジオ出演で声を聴くことが出来ただけでもうれしかったです。純粋にかっこいい。声質とか、深みとか、語り口が耳に心地よく、とても印象に残りました。

そんなこんなで大ファン

僕は長編が好きなので、短編はまだ全部そろえていませんが、長編は一番最近の「騎士団長殺し」まできました。

次の作品が楽しみで仕方ありません。

カテゴリー
小説

トム・クランシーが面白い!

トム・クランシーのジャック・ライアンシリーズ

トム・クランシーの一番最初の作品は、「レッドオクトーバーを追え」です。
保険代理店を経営しながら空き時間に書いた小説のようです。この作品はまだ原作は読んでいませんが、映画では有名ですよね。

本は、ずっと前から気になっていました。黄色い背表紙で、いつか読もう、いつか読もうと思いつつ、スティーブン・キングを優先して読んでいたので、トム・クランシーにはまったのは、本当にごく最近です。

ジャック・ライアンシリーズで読んだのは以下の通りです。

  • 日米開戦
  • 国際テロ
  • デッド・オア・アライブ
  • ライアンの代価
  • 米中開戦
  • 米露開戦
  • 米朝開戦

一番下の米朝開戦は、トム・クランシーではなく、 マーク グリーニー が書いた作品です。

そう・・・トム・クランシーは、2013年の66歳で亡くなっているのです。つまり、今出版されている作品をじっくりと読まないと、全部読み終えてしまうという寂しさが待っています。

しかしながら、じっくりと大切に味を噛みしめて読むなんてことは出来ません。

何故なら、ひとたびページをめくると、世界にどっぷり浸ってしまうぐらい、臨場感が溢れているからです。読みだしたら止まらない!それがトム・クランシーの作品です。

ジャック・ライアンシリーズはテレビドラマなどにもなっていますが、映像作品はまだ観たことがなく、あくまでも小説の世界で、顔とか声とか、姿かたちを想像しています。

自分が想像した登場人物たちが、紙面を超えて躍動しているかのように、非常にダイナミックな動きを感じることが出来るのです。

これらのジャンルは、軍事サスペンスというのか、政治サスペンスというのかわからないのですが、映画ジャンルであれば、確実にアクション映画というくくりになるはずです。

実はけっこう昔からジャック・ライアンシリーズは映画にもなっています。

ハリスン・フォードが主人公を演じた 「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」もそうですね。

ベン・アフレックが主演した「トータル・フィアーズ」、それからクリス・パイン主演の「エージェント:ライアン」 これもそうです。

今、一番観てみたいのは、ドラマシリーズ化された「CIA分析官ジャック・ライアン」です。こちらは、ジョン・倉新スキーが主演しています。

いかにも!この感じ。

いつかきっと、dtvあたりで観ることになるでしょう。楽しみです。