運動会や文化祭の出し物で、食べ物を売ったりするじゃないですか。企画があって、準備があって、当日までの練習があって、にわか仕立てでもちゃんと商売やってるんですよね。あの気軽な感覚がいいです。
実際には気軽じゃないのはわかってるけれど、企画と行動さえあれば
僕が一番のお気に入りにしている例の鰻屋さん。皆さん、もうわかりますね。浦安のです。
あの現場を実際にご覧になった方もいることでしょう。あのスタイルにはとても憧れを感じます。
坪数、どれぐらいでしょう。本当に狭いところにスタッフの方が数名いて、中で調理して串を挿して、焼く。
原料を仕入れて⇒調理して⇒テイクアウト販売です。
品物の数は「鰻」のみです。つまり単品テイクアウトですよね。
この家庭内手工業的なノリがいいんですよ。最高じゃないですか!
リピーターが高確率でついて、宣伝は口コミ。
もちろん、あそこまで築き上げるには、相当苦労されたこともあるでしょうし、一朝一夕ではなかったと想像します。しかしながらしっかりと事業として続いていて、ファンも多いのです。
ビジネスアイディアとか考えていくと、考えるだけで終わってしまってない?
職業柄というか、商売柄というか、ネットの利用は趣味領域もありますが、やはり仕事領域が多いです。
そうすると、やっぱり「何かいいアイディアは転がってないかな」とネット検索してしまう自分がいます。
たいてい、「ビジネス」とか「起業」とか「儲け」「稼ぐ」なんていうキーワードを叩き込んでいくと、よく似たようなものがゴロゴロ転がっていて、誰かの受け売りみたいのもいっぱいあります。
「在庫を抱えなくていい商売がいいぞ!」
「月間で一定の収入が得られる仕組みをつくるんだ!」
「商売は小資本からだ!」
「利益率が高い商売を狙うのだ!」
そうなんですよ。確かに・・・・。わかってはいるけれど、なっかなかポンポンとアイディアが浮かぶわけではないのです。でも中には・・・
「商売なんて簡単だよ」とか豪語している記事もあったり、「一日ほとんど遊んでいるけれど、年収が1億ですよ」とか、夢幻のような記事もたくさんあります。
で
「うぉおおお!俺もこんなことしてる場合じゃない!考えろ!行動を起こすんだ!」と気負っても
結局「考えて仕舞い」のパターンになることありませんか。
例えば、それが夜の時間だとします。目もギラツキ、俺はやるんだ!やったるぜ~!となっても翌日、そのための行動を1ミリも起こさず、またゼロ地点に戻ったという経験です。
考えるのはね、誰でも出来るんだけど、行動に移すのはそう簡単ではないようです
僕自身もこんな経験、うんざりするぐらいあります。仕事以外でもありますよ。
「明日やろ!」「明日からやろう!」と勢いをもって「よ~し!やったるぜ!」と前日の夜までは思ってるんですよね。寝る前まで。でも寝たら、けっこうドライになっているというか、クールダウンして、すっかりなかったことになっている・・(笑)
そうこうするうちにさ、時間だけ経ってない?
ああ、もっとももったいないこの響き・・・。時間だけが無常にも過ぎていくということです。
今40歳だとしましょう。
でも10年一日ですから、50なんてあっという間です。自分よりも年上の方が周りにいたら、是非そのあたり聞いてみてください。日常を恙なく送っていたとしても時間は無情にも過ぎていくのです。その日は最高に充実していたとしても明日は一つ年を取ることには変わりありません。
過ぎた時間に対して、自己満足できる言い訳はネットにたくさん載ってます
ついこの間50になったと思ったらもう52か、53か、こんな風にやっていたら、単に棺桶が自分の目前に来るまでの時間がどんどん迫ってるだけのことじゃないですか。
NOOOOOOOOOOO!
ホッとできる記事がネットにわんさかあります。
50歳から起業して大成功!
60からもできる起業!
人生100年時代!50歳なんてまだ半分じゃないか!
それらの記事をみて「だよね~」とか、ヤバイです。僕もついこの間まで「だよね~派」でした。
でもヤバイです。
自分の今の現状をトレースした記事に共感を覚えて安心するだけかもしれません。
ヤバイです。
ネットの記事は、一人の人が書いたものですが、たくさん目に付くようになると、それが本当のことなのだと勘違いしてしまいます。
ヤバイです。
単純な理屈 売れたお金から経費差し引いたら利益、、、こんだけでいいんじゃね
これができんと、真綿でキューっと首を絞められている感覚に苛まれてしまうことでしょう。
でも複数のスモールビジネスなら、一個がダメでもリカバーできるし、アイディアを形にするまでの時間が少なければビジネスとしての回転も効きそうですよね。
もう単純な話、売上からコスト引いたら利益だよ、この単純な理屈をいかに具現化するかです。
となると、やっぱり行動が一番かなぁと思えるのです。