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怖がっていたら何も出来ない。踏み出す勇気を!(自分応援)

もし・・・失敗したらどうしよう・・・。何か新しいことをやろうとしたりするときに、真っ先に考えるのは「失敗したら」「生活は?」「うまくいかなかったら」となってしまうと、一歩どころか半歩も踏み出せないです。

人生観は人それぞれだけれど、僕はこう思う。

ふとコンビニの買い物を終えて、道路を渡ろうとしたときに、自転車を前かがみになって乗るお爺さんが居ました。恐らく70前の方でしょうか。当然顔には皺が多く、過ぎていったその後ろ姿は背中は丸く、とても小さく見えました。

今、自分はその年齢ではないけれど、いずれ訪れる老いには誰も敵わないよなぁ・・・と、特にそのお爺さんとは縁もゆかりもないのですが、思ってしまったのです。

そしてお節介なことに、このお爺さんにも若く、溌剌として、青春を謳歌し、キラキラ輝いていたときがあったんだろうなとも。

この瞬間をしっかりと切り取っておきたいです。

僕はこう思ったからです。

「走り続けなきゃ」と。

勉強の悩み、恋の悩み、人間関係の悩み、何かがうまくいかない悩み、などなど、そんなものは全部小さい!

原始的ですが、生きていかなくてはいけないのですから、生きる力のほうが何倍も大切だということが、この年齢になってわかってきました。

しかし、これらの悩みは、一度は通るべき通過点なのでしょうね。確かに自分も小学校のときに悩んだこと、中学のときに・・・このように思い返せば、今なら笑い飛ばせるけれど、その瞬間は真剣に頭を抱えていたものです。これも通過点だったのだということです。

yahooの仕様がかわり、下にスクロールすると、たくさんの記事が、写真アイコンつきで、羅列されていますよね。

あれ、どうしても下まで見てしまうのですが、見るほどに、自分には関係ないものも多く含まれています。

どうでもいいようなニュースをカチッとクリックしてみてしまう自分にも気づきます。

でも、これを見たから何になるのか?ぐらいに急に冷めてしまう自分もいます。

これって情報収集の域ではなく、何気なしに軽く仕組まれたルーチンみたいになっています。人はルーチンワークが毎日続くと、その分、余計に時間を早く感じるそうです。

自分のとった行動の必要性がほぼないものに、時間を割いてしまうのは、余暇行動の一部として必要不可欠なのはわかっているのですが、それでも実のある時間、有意義な時間を一つでも増やしたいものです。

振り返って、結局小さい悩みだと気づくことが出来る可能性がある悩み、、、それらは自分が強くなることで早く解決できるんでしょうね。年齢を重ねるということはそういうことにもつながっているのでしょう。

そんなわけで、怖がらない!そういう生き方をしたいです。

こんな、、、コロナの襲来なんて誰が予測していたことか

突然ですよ、突然。

一年間マスクを着け続ける暮らしなんていうことも誰が予測していましたでしょうか。

予想外のことって、生きている中でいくらでも起こりうるということです。歴史は繰り返すとか、二度あることは三度あるとか、古くから言われているということは、これは今後もあるということです。

この間の大きな揺れを伴う地震だって、誰が予想していたことでしょう。

僕は19のときに正面衝突の事故を起こしています(どちらかというと自分が悪い)が、それも予想なんてしていなかったし、今でもあの光景を思い出しますが、突然の事態でした。

自分の身に降りかかる災難とか、いくら「かもしれない」と思っていても降りかかるときには降りかかるものです。

先日、おたふく風邪にかかりました。

全く身に覚えもないし、「え?どして」と全く予想外です。

こんなことの連続ではありませんか。

ですから、未来は誰にもわからないということです。

わからないんだから、ジッとしてるほうがマシなのか?

いやぁ~、僕は全然そう思わないです。

動き続けよう!となる性質ですね。正直、今、千葉に住んでいますが、引っ越しもしたい!(実は何の脈絡もなく)なんて思っちゃうこともあります。沖縄とか、九州とかですね。

いや、ほんと、何も考えてませんよ。実際引っ越しもしないでしょう。でもふと思ってしまうわけです。

こんな自由すぎる発想は、発想だけで終わりますが、心機一転という言葉があるように、何か自分に負荷をかけつつ、新しい予感が楽しみになるような事態を心のどこかで待ち望んでいるのかもしれません。

で、考えるのは仕事のことが多いね

仕事は楽しいです。

もし今、仕事を奪われたら、きっと一気に老いることでしょう。

仕事をもっと楽しくしたい!そんなことばかり考えていますよ。どんな仕事でも産みの苦しみ、途中経過の苦しみ、あると思うけれど、それでも何か立ち上げたい!

これはリスクと背中合わせであるけれど、どっちで心ふさいで考え込むよりも、あっかるい!未来を想像したい!

夢で描くのは、そうですね・・・

フロアがあって、そこにはスーツを着ている人など誰もいなくて、音楽がかかっていて、各自の机には好き勝手に色々なものが置かれていて、組織はフルフラット型で、仲間とワイワイやりながらの仕事進行!

これだよねぇ~

本当に夢に描く。

で、それを必ず実現しようと考えています。今年、踏み出す勇気がもてなければ、きっと後悔する。

だからやる。

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今日はトラブル続きでした。そんなこともあるさ!と気持ちのリセット図ります

今日は朝から対応しなくてはならないことが多かったです。仕事でのこの多忙な状態は嫌いではありませんが、ここにトラブルが被ってくると、心中穏やかではありません。

どうも不思議。何故メモをしないのか。

僕は例えば面接をするとき(僕が面接をする側)、最後に「何か質問とかわからない点はありますか」と聞くようにしています。

そこでほしいのは、「いえ、特にありません」という答えではなくて、質問をしてほしいのですね。

質問を相手に投げかけるということ=相手に興味があるという解釈です。

逆に質問がない=相手に興味がないという解釈に繋がります。

それとやっぱりメモ習慣がある人を信用・信頼する傾向が自分の中にあります。

メモってすごく重要だと思います。

面接のときもそう、何かの講義を聞くときもそう、実際に仕事をしていれば、毎日相当量のメモの必要性がある場面があります。

「ここ、メモすべきことなのに、なぜメモしないのかな」そう思ってしまい、仕方ないので、

「えっと、ここ重要ね。線引いて」と言わざるを得ないのです。

う~~ん。

たいていのトラブルは行き違いからもありますが、徹底した確認不足もあります。

今回のトラブルは僕自身の確認不足・・・というか、ガッチガチの念押し不足だと反省しています。

やってほしいこと、やってはいけないこと、というのは、1回、2回どころか、何度でも念押しが必要なんだなという反省です。

でも・・・いい仕事したいですよね。

仕事は人が携わるもの。

将来は、多くのロボットが人に代わる存在になることはわかっています。でも、少なくとも人間の心が必要な場面がありますので、人間不在にはならないと思います。

特にトラブル解決はそうですね。

トラブルの解決をロボットが出来るかというと、なかなか・・・

なので、今日は僕自身も原点回帰して、なぜこの問題が起こったのかと猛省しつつ、明日に活かしていこうと思います。

今日は、ちょっとまだ解決していないので、これにて!

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今日10月29日から4連休

おはようございます!10月29日 木曜日です。今日から4日間のお休みです。

休みだけど、休まないよ

最近は休みだ~とか喜ばなくなりました。夏のときのお盆休みが長すぎて長すぎて、こんな怠惰な生活してたら、きっとメタボどころか、多機能障害起こして、早々に死ぬに違いないと思ったぐらいです。

何か、休みがほしい~とか言ってる人、よくわかりません。

休みが、休みが、休みが、休みが・・・という人は、なぜそんなに休みがほしいのか、本当にわからないのです。

意味がないとは言わないです。

「仕事をするために休む、休むために仕事をする」というかつての上司の言葉を大事にしていますので、気持ちはよ~くわかります。でもこんだけ恵まれた状態で、週休2日だ~~とか、週休3日だ~~~と、なるべく働かないほうが美徳!!かっこいいという感覚にはどうしてもなれないということです。

有効求人倍率が0・9倍とかになったら、少しは違うのでしょうかね。

日本人は働きすぎ??

いやいや、そんなんないって(笑)

僕は過去、NYのウォール街のビジネスマンたちに会って話をしたことがあります。また、その仕事の現場を見学させてもらったこともあります。

ガッツリ働いてますよ。彼らは、ロングバケーションを勝ち取るために、日ごろ、鬼のように働いています。(全員じゃないだろうけど)

日本人は働きすぎという感覚がよくわかりません。働いてないと思います。前よりかなり楽になって、前よりモノ言えるようになって、前より休みも多くなって、前より勤務も楽になっているとしか思えないので、果たしてなぁ~~というところですね。

例のアレから、変になった

リモートワークとか、在宅ワークとか、それを提唱しないこと=悪みたいな風潮も一時ありましたが、それは企業の判断の自由だと思います。企業側からの指示を受けたくないのであれば、自分で起業するか、フリーになるかしかないですよね。

在宅では成り立たない仕事もあるだろうし、会社がリモートじゃなく、出勤させるのはそれなりに理由があるからだと思います。

なんか・・・会社が悪い、社会が悪い、政治が悪い、とそっちのせいにしているけれど、別に誰も悪くないっすよ。

たまたま例のアレが蔓延しちゃうんじゃねってことで、いろいろ知恵を出していった人たちがいて、それを受け入れる人、受け入れられない人、別にいたっていいではないかというところです。

何か考えていこうっと!

ということで、この休みは自分にとって少しでも有効な時間にしようと思います。

頭の中のひっかかりを取るために、リフレッシュもしていきますが、やはり完全に脳を止めることはせずに、

仕事のこと、ビジネスのことも考えていきます。

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在宅ワークって楽しい?ですか?

例の影響で在宅ワークが急増しました。感覚としては仕事とプライベートは、まるでスイッチのON/OFFみたいなものですので、僕にはきっと馴染まないです。でもずっと在宅がいいと考える人もいることでしょう。実際のところどうなの?

仕事をするために休む。休むために仕事をする。

この言葉は、僕がサラリーマン時代に尊敬する上司がよく言っていた言葉です。流してしまえば何てことない言葉なのですが、じっくり噛みしめて、どれどれ・・・と考えていくと非常に味わいのある言葉として今も残っています。

遠い昔、馬車馬の如く走り、仕事に明け暮れた時代のことです。

「仕事をするために休む」とは、

単なる仕事ではなく、「いい仕事をするために」という解釈をつけなくてはいけません。

フィジカルもメンタルも健康体じゃないと、いい仕事なんてなかなか出来ないのではないでしょうか。これは自らの体験、身をもっての経験の中から、軽く断言できます。

「休むために仕事をする」とは、

充実した休みを満喫するためには、自分の納得のいく仕事をしたうえでという前提が必要なんだという解釈です。

ただ仕事としての拘束時間を漫然と過ごして終わる時間を秒読みするようなことは心情的にもしたくありません。

そして仕事と言えるものは、「結果」ですので、結果があって初めて仕事という感覚を持ち続けたいです。

「経営は結果である」という言葉も何度も聞いてきた言葉で、銀行さんとの付き合いが開始されて以降、痛いほど身に沁みる言葉でもあります。

仕事=結果を出すための段取りとか、実行動だと思っておりますので、いくら思想を展開してもそれは自己マン(自己満足)の世界でしかなく、

うんうん、わかった。で?結果は?

これがビジネスの世界だと思います。

在宅ワークで結果を出せるってすごいけれど、僕にとって家(自分の部屋)はOFFの場所である

ON/OFFの切り替わる瞬間は、仕事からプライベートに移り変わるそのときです。さて!帰るか~となり、バイクに跨り家路につくときから初めてOFFとなります。

よって、道中、自らが納得仕事が出来た際は鼻歌交じりの帰宅になりますが、逆にBADな出来事があれば、頭の中をグルグル巡ってしまうぐらい気持ちがノレナイ状態での帰宅となります。

でもそんなBADな状態でも極力、家(部屋)の中には引きずりこみたくないという気持ちがあり、尚且つ、リビングにいる柴犬とか、部屋で待っているオカメインコやコザクラインコの姿を見て、急速にシャワーを浴びたかのように心が和めることが多いので、自然引きずらないようになっています。

それでもTOO BAD のことがあると、

コザクラインコのちーちゃんが首をかしげて、「どしたの?」と言ってきても、どことなく気もそぞろになってしまうこともあるのです。

それがもし・・・ずっと在宅勤務だったらと想像すると、

うん、僕には無理っすね。

やれないことはないけれど、気持ちの切り替えはとても大切だと考えているので、

自分には合わんです。

職場に向かう道中、職場から帰宅する道中にも意味があるんだと思う

さすがに通勤時間に数時間というのは、ちょっと無理無理なのだけれども、今は一番近い勤務場所まで6キロ、一番遠くて25キロなので、

バイク通勤時間は片道で、概ね20分から50分程度です。

バイクという風をまともに浴びる乗り物ゆえ、夏の熱風とか、冬の雪交じりの凍てつく風を頬に浴びる一年です。

大雨だろうが、やばいぐらいの強風だろうが、バイクです。

この10年の仕事の中で、バイクでの帰宅を断念したのは数年前の大雪のときだけで、多少路面が凍結していようといっちゃいますから、まさに悪天候であれ、なんであれ、自分は前に進むのだと妙に気合が入るんですよね。

電車通勤じゃないメリットが

とても多くあると思っていて、この生活が馴染んでいます。バイク通勤だからこそ、無心になれることもあるからいいのかもしれませんね。

電車だと向かいの座席の人たちを観察したり、窓の外に流れる風景を見て、なんらかの思いを馳せるということもあるかもしれませんが、それは混んでいないときだけでしょう。

混雑していれば、うわ、こりゃたまらんとなるわけですよ。

スッキリ状態で動けるのはやっぱりバイクかなぁ。

そんな僕も在宅ワーク期間があった。

まぁ、最初の事業で4000万ほどあっという間に失い、悲しみのどん底を経験し、そこから残り資金が少なくなったときに、これからどうしよう・・・と途方にくれつつ始めたのが在宅ワークでした。

うん、あんときは、家に050からの番号のインターネット電話も別個導入して、マジで在宅、在宅、在宅ワークでしたね。

だってお金を一気に失ってビクビクしながら怖がりながら、在宅ワークですよ。よくアレを乗り切ったなと自分で感心します。

あれがちょうど、2009年ぐらいかな。

会社を辞めたのが2008年9月、

このとき「もうサラリーマン、やんね」と心に決めてたので、2008年10月には会社登記しているんですよね。で、

最初の事業で4000万吹っ飛ばし!です。吹っ飛んだのはわずか数か月です。

このあたりは、今度もっと詳しく書いていきます。自分の恥ずかしい過去ではありますが、自分が奢らないように戒めのためにも。

最初の事業がものの数か月でおじゃんになりましたので、

恐ろしい展開でしたね。

そこから事業整理でまたお金がなくなり、精神的にもやばかったです。

ですから2009年が、在宅ワークで、家にこもり、なんだかわからない行動をしていた時期なのです。

しかし・・・

この在宅ワークから、面白い出会いがあって、ビジネスに発展しちゃったんですねぇ(笑)

ではまた今度ね。

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どんな心境であれ、動きを止めてはいけない、悩もうが何だろうが。

「底荷のない船はまっすぐ進まない」何かの格言で読んだものが脳裏に焼き付いています。「人間は誰でも悩みを抱えている。だからこそまっすぐに生きられるんだ」確かそんな解釈だったと記憶しています。

ペットたちは僕を待っている

どんなに落ち込んだ朝を迎えようと、どんなに悩みを抱えようと、ペットたちには罪はありません。僕を待っている・・・。

ちーちゃんが朝風呂からあがる僕を待っている
ちーちゃんが朝風呂からあがる僕を待っている

生き物を飼うと決心したその日からやっぱり責任があります。餌や水を毎日与えて、健康を気遣い、夏の準備、冬の準備をしっかりとやっていかないと、彼らは一人では勝手に生きられるものではないのですから。

画像はコザクラインコのちーちゃんが、風呂場の脱衣所のタオルかけのところで、僕を待っている様子です。

ふ~・・・

何ともイタイケではないですか。

人であれば、動物であれ、僕を頼りにしている存在があるということですよね。

待ってるんですから、どんなに疲れていても、どんなに悩みを抱えていても最大の愛情で応えてあげたいものです。

悩みを抱えながらでも前に進む

今僕は仕事でもプライベートでも悩みを抱えています。悩みがすっきりと消え去った日なんて、あるかな?

一つの悩み事が解決したら、また別の悩みの種が出てくるなんていうことをほぼ毎日繰り返しているので、all clear !状態になったことなんて、もう何十年もないような気がしています。

冒頭に書いたように、それでも悩みがあるからこそ人間なんだと思うと、少しは楽になります。

もう一つ、これはサラリーマン時代から苦しいときとか、悩んだときに、必ず心で唱えることがあります。

「僕には美しいものを見られる目があるじゃないか。

僕には、美味しいものを食べ、匂いを嗅げる口と鼻があるじゃないか。

僕は言葉を発することが出来て、感情を表現できる。

僕は2本の脚で地面を踏みしめて歩くことが出来る。

僕には愛する人を抱きしめる腕があり、2つの手がある。

世の中には、これらを先天的にまたは事故などで失ってしまった人たちがたくさんいるんだ。

その人たちと比べて僕のこんな悩みはちっぽけだし、その人たちと同等の苦労などはこれっぽっちもしていない。その人たちの苦労に比べたら、なんてことない。」

今度、心にドーンと突き刺さるような悩みがわいてしまったならば、是非、このように唱えてみてください。

生きていくということは、基本は自分が主体です。でもほんの少しだけ視野を広げて、そういう人たちの心境とか実際の境遇と自分を比較してみることで、自分はなんて小さいことで悩んでいるのだろう。と自分にハッパをかけることが出来ます。

悩んだとき、誰かに頭を撫でられて、よしよし・・・とされるよりも効果的かもしれません。

それでも、不安や心配、悩みで押しつぶされそうになったら

心の支えになってくれる人がいたら、打ち明けてみることもいいでしょう。

ボロボロになるまで、車の中とか、一人になれる場所で泣いてもいいです。

つまり、人間が抱える悩みは、他の誰かが同様の体験をしていた場合はアドバイスをくれるかもしれませんし、

同様な体験なくとも、悩みを全部吐露することで自分の気持ちが少し楽になったりします。

聞いた相手はもしかすると、完全解決のためのアドバイスはくれないかもしれません。

でも話し切ってしまうことで楽になることもあるんですよね。

泣くことで、なんとなく気持ちがすっきりするのと似た作用なのかもしれません。

もちろん、それだけでは全く足りず、時間を逆戻りするしか方法がないようなとても重いものについては、たった一日で自分の気持ちが立ち直ることは無理です。

数日、数週間、数か月、数年とかかるかもしれませんよね。

悩みは、時間が解決してくれるか、人が解決してくれるか、はたまたその両方かです。

逃げるのは簡単、でも逃げない。立ち向かおう!

これがメインテーマです。

悩みから目を背ける、見なかったことにする、なかったことにする、それらは全部逃げになってしまいます。

逃げるのは簡単だけれど、一晩寝ても、現実の世界が急に好転するわけではないのですから、一回は受け入れないといけないですよね。

これがなかなか大変なのですが、でも受け入れるんですよ。

まず一歩はここからじゃないでしょうか。

受け入れることが出来なければ解決の糸口が見えてこないから、自分本位の考えだけになってしまって、周りが見えなくなってしまうからです。

もし、受け入れることがまだできていなければ、まずはそこからスタートではないでしょうか。

受け入れることが出来たら、今度は上記の赤線のところを是非、無理やりでも心の中で唱えてみてほしいのです。

思いっきりそういう人たちのことを想像しつつです。

イメージ的には、自分の身体から、もう一人の自分が抜け出て、まるで鳥観図のように、上から自分自身を見つめてみてほしいのです。

そうすると、自分という存在が他の人と同様、第三者に見えてきます。

ここまで来たら、今度は本当に冷静になって、第三者的見地で自分自身を見つめなおしていく・・・・

うまく表現できていないですが、こんな感じです。

すると・・・

より冷静になれます。

より冷静になってくると、今度は自分自身がより見えてくるんですよね。

逃げようとしているその瞬間まで、自分自身を見つめてみてください。

それで解決できるの?

それが最善なの?

こんな風に問いかけてみるんです。

もしかすると、こういうことを本当の第三者が言ってくれるかもしれません。

なかなか他人を頼れないのでしたら、自分を第三者に置き換えるといいです。

よかったらzoomでお話しませんか

ヤバイ・・・心が元通りにならない

このままではどんどん負のスパイラルに追われてしまう

落ち込んで、心のざわつきが止まらない

悩みを誰に打ち明けたらいいのかわからない

毎日が苦しくて仕方ない

こんな方がいたら是非zoomでお話しましょう。

ご希望あらば、コンタクトからお問合せください。

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こんな未来ありそうですか

仮想世界の中でお金を稼げたらいいね

実際、けっこう前にSecond Lifeというゲームの中で、リアルマネーが稼げることが話題になり、中には億稼いだ人もいるとかで凄かったですよね。あんな風に、仮想世界の中でも生きられる、お金をリアルに稼げたらいいのにと思います。しかも普通に誰でも。

仮想世界でも質感を出せれば売れると思う

電子媒体からイメージをもつというのは、例えばコミックとか、小説とかはすでに電子版がかなり浸透していて、利用者も多くなっているじゃないですか。

あれって、電子書籍になって確かに紙の質感とか、本の重み、ページをめくる喜びみたいなものは犠牲にはなっていますが、大量の本をスマホ内に収めることが出来るとか、ペーパーレス=資源保護みたいな大義もあって、実際試してみると「けっこういいじゃん!」となる人が多くなってきたのではないでしょうか。

音楽CDや映画などのDVDにしても集める喜びも確かにありますが、サブスクをよしとするアーティストがだんだんを増えてきて、配信されるものをDLすることで、音楽や映画のコレクションをパソコンとか、モバイル端末に集めることが出来、しかもかさばらないので、これまた時代の流れとして認知が拡がっていますよね。

DVDを週末に2泊3日で借りてとか、コミックをまとめて10冊借りて、とか、以前はけっこう当たり前のように言ってたTSUTAYAにも行かなくなってしまいました。

そのかわり、amazon とかhulu とか、netflixが台頭してきて、パソコンと回線の処理能力と速度があがったため、今ではほぼストレスフリーで自宅にいながら映画や海外ドラマ、見逃したドラマなんかをみることができます。

しかも付加価値がついているのですよね。特にamazonは口コミなんかで、配送料も無料になるし、音楽も映画も「見放題」的な人々の口コミです。実際には、最新の音楽や映画はお金がかかる場合がほとんどなのですが、伝わるのは「無料だし、月500円だから、絶対得だよ!」ということでバンバン拡大しているんですよね。

こういうデジタル化されたデータであっても、その商品そのものが劣化するわけでもなく、すぐに自宅のパソコンとかで体感できるものは、全部ネットで!となってるのでしょう。

でももっと時代が進化したら、「参加してる感」とか「その場にいる感」なんてものが出てくることでしょう。

例えばサッカーの試合とか、アーティストの演奏とか、およそ自分では登れないエベレストの山頂とか、そんなものがまるでリアルに感じられるぐらいの高精度な映像とともに、感動が伝わるサービスがどんどん出てくるように思います。

実際、映画も本当は映画館で観たほうが迫力あるし、ポップコーンとコーラを買って、館内が暗くなって、映画の前のCMすらも楽しんでのほうが僕的には好きです。

でもこれさえも仮想世界で、「らしく」演出すれば、もっともっと面白くなるし、チケットを買うところから座席の予約までも、なんだか現場でやってるようにすれば、本当に自宅にいながらにして、よりリアルに近い映画館を味わえるようになると思います。

服とか眼鏡とか、メークとか、髪の毛カットとかも可能性あるよね

現実の世界で、服を買いに行く・・・眼鏡を買いにいく、ちょっと変わったメークをしてみる、床屋さんやパーマ屋さんで今までとは違うカットにトライしてみる・・なんていう欲求っていっぱいあると思うのです。

でも、実際現場に行ったらどうでしょうか。

リアルな現場で、たくさんの服があるところで、自分に合うデザインとか、自分の体形に合う服とか、そういうものを自己判断で探し出すのはちょっと面倒だったりします。

店員さんが寄ってくることを嫌う人も多いですよね(僕もそう)

本当は、もっと時間をかけて選びたいけれど、店の数、商品の数が多すぎて、選び疲れてしまうこともあるでしょう。

モールなんかに買い物に行くと、服の店、、、、どんだけあるの?あれって、入り口に比較的近い店が有利ですよね。それに、あまり遠いと歩くのも億劫になったりします。また、でかいモールだと地図が必要ですよ。じゃないと僕なんか方向音痴ですから無理っぽい。

我が家の近くにそういうモールありますけれど、もう10年以上住んでいますが、いまだにモール内で行ったことのないお店もあります。

なんか、買い手側も売り手側ももったいないですよね。

それに、服選びでけっこう面倒なのが、試着です。試着の目的は自分に合うかどうかだったりしますが、やはり一番はサイズでしょう。日本ではMサイズ、Lサイズとかですけど、これが海外商品だと40号とか、なんだかサイズ感もよくわかりません。

ですから試着ルームには、きっとこの号数なら大丈夫だけど、念のためこっちも・・・と持っていきますね。そうするとあの狭い空間の中で、自分の服を脱ぎ、試着して、次のアイテムを試着して、、とやってるわけですよ。

んなもん、正直面倒です。

試着が楽しいわ~なんて思わないので。

ですから仮想現実みたいな世界がありますと、自分を全方位カメラで撮影して、身長も体重もまるでリアルみたいな自分が画面の中にいれば、あとはテレポートとか、検索機能みたいので、それこそ、ガンガン試着できるようにして、

「お、これけっこういいね!」というのが見つかったら、今度はリアル店舗に予約するとか、そのまま買い物ができればと思うわけです。

眼鏡も現場に行って、自分でかけてみないと自分に合うか合わないかわらんね~という場合がほとんどですよね。

ずっと黒縁眼鏡をしていると、自分は黒縁しか合わないと勝手に思い込んでしまいますが、銀縁とか金縁も合うかもしれないし、形が違ったものもトライしてみたい。

でも僕みたいにかなり視力が悪いとですね。フレームを現場で探すにしても、売り物のフレームですから、それを顔にかけても鏡に思い切り寄らないと見えないわけですね(笑)

あのシステム、マジでなんとかならんかなと思います。

自分の顔の輪郭とか目や眉のつくりなどから、この眼鏡が合うぞっていうのは、これまた仮想世界で試せたらなぁと。

きっと未来はそうなるんだろうけれど、もっと楽しみながら!

今まで僕は、たくさんの人に会ってきましたが、中にはなかなか外に出られない人もいます。

自分をうまく表現できない人もいます。コミュニケーションがちょっと苦手という人もいます。

でも彼らのほとんどは、ネットとかすきな分野においては活き活きしています。

ネット内で生きてもいいじゃん!

生活の場とか稼ぎの場がネット内にあれば、別に家に閉じこもっていたとしてもその人の楽しみ方だし、生き方なのですからまったく問題ないですよ。

買い物はできる。でもほしいのは稼ぐ場。

ネットとかバーチャルな世界での買い物は絶対もっと発展するのですよ。

でも稼ぐ場がほしいですね。

資本主義社会ですので、誰でも平等に、、、、というのは難しいにしても今は「個の時代」と言われているのですから、もっともっと手軽に給料的なお金をとれるようになれたらと思います。

これって甘い考えかもしれないけれど、可能性はありますよね。

ネット内だけで会社が作れれば。

ネットやバーチャルな世界に会社をつくることができれば、一人で何もできそうにはない人にとっても面白くなると思います。

現実世界における会社だって、社長がとんでもない何でも屋気質で、なんでもできるスーパーマンというわけではありません。

逆に自分にはない能力を持った人を雇うことでカンパニーパワーをあげているのだと思います。

絶対、たくさん、可能性のある人たちが埋もれていますよ。どうでしょうか。

そういう人たちが仮想世界の中でつながってビジネスができるようになれば本当にいいのに、そう願います。